モーガル(Mogul)工場日誌

80分の1、16.5mmゲージを中心とした鉄道模型工作

鉄道写真

上毛電鉄

上毛電鉄には、昔の井の頭線3000系が活躍しています。近い将来新車が入るという記事を読んだ記憶がありますので、彼らもそろそろ第二の職場から引退することになりそうです。 自分は、昔、井の頭線にさんざんお世話になりましたので、非常になじみのある顔で…

身延線のクモハ51

この当時、身延線ではクモハ14が一掃されてしまい、低屋根改造の上、大阪からクモハ51が入ってきていました。大阪ローカルですから、車体はブドウ2号のままでした。クモハ14がいないこと、クモハ51の前面窓がHゴムであること、など残念な思いをしました。い…

クモハユニ44 803

クモハユニ44803は大糸線から身延線に移ってきた車両で、他の仲間と違い部分低屋根、後ろパンタです。あまり人気のある車両ではなく、模型化された例も知りません。ネガは大分退色してしまいました。

ED17 19

リベット打ちは、まだまだ修行しなければならないようです。毎日同じような写真ばかりでも恐縮ですので、気分を変えます。 以前、スキャナーを購入したものの、スキャンにはかなり時間がかかるため、あまり活用してきませんでした。しかし、新しいPCでスキャ…

ED17 7 身延線

ED17 7は、ED17の変形機で、通常のものとはサイドのベンチレーターが異なっています。 以前にもご紹介したかもしれませんが、1971年3月に中学鉄研の仲間と身延線にくりだし、実機に遭遇しました。運転席横のドアが埋められてしあっているのは誠に残念でした…

御殿場線を走るSSE(2)

御殿場線を走るSSEの続きです。自動車や看板が見えないところが時代を感じさせてくれます。

御殿場線の73系 (4)

上は平凡な全金属製のクモハ73が先頭ですが、2両目は戦前の2扉車の改造、3両目は原型モハ72です。 下は両端がクモハで真ん中がサハの編成ですが、ここにもサロハ46改造の4扉車が入っています。 昔の電車は車両のバラエティに富んでいました。

御殿場線を走るSSE(1)

小田急からの乗入れは、当時、SSEでした。確か、小田急の乗務員がそのまま国鉄線を乗務していたと思います。 大きなトラス橋の右隣に複線だったころの橋脚が見えます。鉄道の通信用電信柱(蠅たたき)も残っています。

御殿場線の73系 (3)

御殿場線には2扉車を改造したサハ78がいたのも特徴でした。写真は元横須賀線のサロハ46の改造のようです。サロハ46は戦時中に全車4扉化されて形式消滅してしまいました。

御殿場線の73系 (2)

御殿場線にはクモハ73の全金属試作車が集まっていたのも懐かしい思い出です。モハ72の原形も当時なかなか見られなくなっていました。

御殿場線の73系(1)

中学鉄研の仲間と御殿場線を訪ねたときの写真です。見慣れた73系も違う表情でした。

クモハ73 600番台

南武線の立川側は次第にクモハ73の600番台が増えていきました。偶数番のため、パンタが後ろにあり、迫力がなく、あまり好きになれなかった車です。1973年谷保~分倍河原間

クハ79 920(全金属車)

クハ79の全金属車は美しい車でした。写真は1973年4月南武線の谷保駅を出発したところです。南武線の川崎方はクハ79の300番台が多く、全金属車が先頭に立つのは珍しかったと思います。南武鉄道時代の架線柱も懐かしいですね。

下河原線の思い出(2)

下河原線の砕石列車です。沿線の石材工場に砕石を運び、その帰りの空荷の列車です。 八王子のDD13はすべて初期型でした。DD13の前は8620が担当していたようですが、自分の記憶にはありません。 国分寺は、西武国分寺線(ブリジストン関係など)、下河原線(…

下河原線の思い出(1)

モハ40で下河原線を思い出したので、以前スキャンした写真を取り出してみました。昭和48年(1973年)3月の国分寺駅です。昼間はこのクモハ40が単行で活躍していました。 朝夕は昭和44年頃、確か73系4両プラスクハ16の5両編成が活躍したことがあります。その…

東武に遠征

昨日は、久しぶりに鉄ちゃんしてきました。中学鉄研の友人と東武日光線の利根川鉄橋近辺まで行きました。水田の稲が青々としています。利根川の堤防もみどりの背景です。鉄橋は駅からあまりに遠く、だいぶ手前で引き返しましたが、普段、運動不足の小生には…

ひたちなか海浜鉄道(4)

那珂湊の車庫の一角には初期のステンレス車として有名なディーゼルカーの車体が保存され、資料館になっていました。車庫は古びてあまりしっかりしたものではありません。ポイントの標識が新しいものにかえられたばかりで輝いているのが印象的でした。

ひたちなか海浜鉄道(3)

那珂湊の駅は、模型の世界のようです。曲線にかかったホーム、車両庫、さまざまな種類の車両など。ディーゼル機関用の軽油の給油装置ですが、模型ではタンク一体の移動式のものが主流という印象があります。しかし、鉄道省、国鉄は一貫して火災問題への配慮…

ひたちなか海浜鉄道(2)

終点の阿字ヶ浦には、小さなコンクリート製水タンクが残っていました。那珂湊には日通の事務所(確か昔のTMSに実物写真と模型の作例があったと思います)跡の建物が残っていました。ホームの構内踏切も最近はめったに見られないものですね。

ひたちなか海浜鉄道(1)

2011年、鉄研のOB会の見学会に参加し、ひたちなか海浜鉄道を見学しました。旧国鉄型の車両やその改造車がたくさんいてびっくり。地方私鉄の経営改善でも有名な鉄道ですね。いつまでも元気でいてほしいです。

小湊鐡道のキハ

小湊鐡道の養老渓谷で2008年に撮影した気動車です。旧国鉄のキハ20の雰囲気の車両で、結構年季が入っています。 明日から3日間、諸般の事情で更新ができません。

銚子電鉄 仲ノ町駅

銚子電鉄の仲ノ町です。小型車両がたくさんいて、ちょっと模型の世界のような感じでした。背景のタンクは確か醤油工場のもの。昔は原料、製品の貨車輸送でにぎわっていたようです。 ヤマサ醤油の工場入り口近くには、いかにも引き込み線のホームだったような…

銚子電鉄 元銀座線の車両

小生が訪れたとき、もと地下鉄銀座線の車両が活躍していました。銚子電鉄の沿線はキャベツの産地とのことで、キャベツ畑の中を走る都会の電車の写真を撮ることができました。

オットー機関車

銚子電鉄を見学した際、ヤマサ醤油に保存されているオットー機関車も見ることができました。日本最古のディーゼル機関車です。 この小さな機関車が国鉄貨車の入れ替えをやっていたのですから面白いですね。

銚子電鉄のデキ

本日は、銚子にある大学に奉職している元同僚から、有名なぬれせんべいをいただきました。そういえば、2008年に同電鉄を訪れたことがあります。入場料を払えば、デキなどを見学させてくれました。

宇野線 1976年 岡山にて

福塩線の旅の後、倉敷に立ち寄り、その後岡山に出ました。宇野線では旧型国電が活躍していて、大阪タイプのクモハ51(モハ41系出身)の後ろに横須賀線出身のサハ48がついています。 関西の旧型国電はHゴムの利用が多く、その点が残念ですが、一方でPS11パン…

福塩線 1976年

芸備線から福塩線に入りました。当時はまだ旧型国電が活躍していて、有名なクモハユニ64を目撃できました。その後、飯田線に転属することになります。下の写真は、モハ41改造のクモハ51だと思いますが、PS11パンタがいいですね。

1976年4月 木次線

6 1976年4月に山陰旅行に出かけ、木次線に乗りました。当時は、まだ急行が走っていました。信号は自動化されて、信号所は使われていないようでした。

身延線のED177

身延線にはED177号機が残っていました。TMSのスタイルブックでその存在を知っていたのですが、まさかこの変形機がこの時まで残っているとはしらず、やってきたときには本当に感激しました。

身延線のED1719

身延線からED17 が引退する直前に撮影することができました。19号機は、元ED52です。中央線の里線、山線の両方で活躍した後、身延線に来ました。ファンとしては、隙間風を防ぐためにキャブのドアが埋められてしまったのが残念です。