Mogul工場日誌

80分の1、16.5mmゲージを中心とした鉄道模型工作

ワム3500 (3)

 f:id:Mogul:20170719224014j:plain

 ワム3500の3両目は、鉄道ホビダスというブランドの側板がロスト一体となったキットを組み立てたものです。

 これが、一番簡単でしたが、問題は結構重いことです。天賞堂のワム50000改造が80g、Lazy Jackが83gに対して、これは111gもあります。ペーパー客車より重いので、模型としては使い勝手があまりよろしくない、ということになります。

 

 

ワム3500 (2)

f:id:Mogul:20170718191614j:plain

 3両あるうちのもう一両のワム3500は、Lazy Jackのキットを組み立てたもので、これが一番古いものです。このキットにより、洋白エッチングは腰が強くて便利なことが理解できました。

 それにしても、細密かつ繊細なキットで、小生の工作力ではちょっと無理筋でした。ドアの開閉をあきらめるのは当然ですが、下回りは完全に降参して、エコーの軸受けでごまかしてしまった次第です。

 

 

9040型 (14)

f:id:Mogul:20170717214204j:plain

 何とかテンダーの上下留め金を設置しました。あとは、空気管のホースくらいでしょうか。ようやくエンジンに進むことができそうです。

f:id:Mogul:20170717214349j:plain

9040型 (13)

f:id:Mogul:20170716121551j:plain

  テンダーの上回りと下回りをつなぐ留め金を何とかしないと、進めません。

 一応、1㎜厚の板からL字型の部品を6個切り出したのですが、これに、穴あけというところで、こんなことやっていてもどうせうまくいかないだろうと、直観。

 思い余って、関西にいらっしゃる模型の神様にお電話。すると、0.3mmの真鍮板にリベットを打ってから大き目に切り出し、曲げに当たってはヤゲン台状のものを作り、刃を殺したナイフのようなもので押すこと、とのご託宣をいただきました。

 早速、工作してみたら、下手ながら、何とか部品を作ることができました。持つべきものはお師匠様です。

ワム3500 (1)

f:id:Mogul:20170715222939j:plain

 これは、天賞堂のワム50000を改造したワム3500タイプです。

 小生の高校生時代くらいまでワム50000は結構活躍していたのですが、ワム3500はついに、見ることができませんでした。(実際には子供の頃見てたのかもしれませんが、当然識別できませんでした)また、当時は15t積みの2軸車が主流で、まれに10t積みの小型化車が入っているという感じでした。

 これが、戦前ですと逆で、10t積みが主流で、ところどころ15t積みが入るというのが、貨物列車の実態だったようです。

 ワム50000は戦時設計車ですから、天賞堂は、本流のワム3500の方を模型化すべきだったのではと思うのですが、どうでしょうか。天賞堂の貨車は、その他、ワフ28000もトムフ1も戦時設計車です。よほど、戦時設計がお好きな方が、これらの製品を企画されたのかもしれません。

 模型は、H御大のTMSの記事を参考に、①種車の斜めの筋交いを削ってチャネルに張り替える、②ドアを新製、③足回りをエコーの軸受けを使って新製、などの工事を行いました。

f:id:Mogul:20170715224350j:plain

 

 

 

9040型 (12)

f:id:Mogul:20170715004510j:plain

 Hさんのおかげでようやくボギー台車とテンダーを結ぶ鎖を設置することができました。後は、下回りと上回りを止める留め金を前2つ後ろ4つ作らなければなりません。

 1mm厚の板の厚みを幅に使うようにしてL字形の部品を切り出し、0.3mmの穴をあけ、0.3㎜線を通すのですが、悪戦苦闘。そもそも、4つの穴をきれいに直線状にあけるのがほぼ無理ですっきりできません。これは難物ですね。

続 EF10 39

f:id:Mogul:20170713233005j:plain

 先日、1976年に拝島で撮影したEF10 39をご紹介しましたが、アルバムを見ていたら、1973年に矢川と谷保の間で走行写真を撮影していたことに気づきました。こちらは、石灰石列車で川崎からの空荷回送です。

 当時EF級は拝島までしか入れませんでしたので、西国立、もしくは拝島でED16にバトンタッチしたはずです。

 自分にとってはきわめて当たり前の日常風景で、ロマンの香りなどまったくなかったのですが、こうして時がたってみると、無性になつかしくなります。

 石灰石専用のホキ4200、生石灰用のホキ4700、ホキ4200の1世代前のホキ400など、キットを結構蓄えてるのですが、なかなか手が付きません。

 石灰石列車は、青梅線南武線では、基本的に16両編成だったようです。車掌車はこの時代、ヨではなく、ワフが多かったと記憶してます。また、青梅線から八高線に入り、9600(単機)に牽引される列車は8両編成だったようです。八高線の列車には車掌車がついていませんでした。